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布きれが好き 作るのはほどほど 最近は着物も生地に見える
by tapestry15913


仇討ち(あだうち)はつらいよ。


時代劇を見ていると、たびたび登場するテーマ、仇討ち。
親や兄弟や子供を殺された侍が、その相手に復讐をするというもの。
大名家の藩士なら、仇討ちを成さなければ、地元にももどれないし、
侍として生きる道はない。

今と違って、写真や情報網があるわけでもなく、見たことない人を
かたきと追うこともしばしば。
たとえ見たことあっても、何年も経つうちに容姿も変わるし、歳も
とる。
だいたい、どうやってあてもなく探すというのだろう。日本は広い
のに。

それで、何年も追いかけていて、ふと、相手の顔をもう思い出せな
いことに気づく。
または、旅の空に病んで、そのまま息絶える。
かたきの方が病死することもある。

でも、それも知らずに追いかけまわしている。

かたきを追ううちに食い詰めて、人殺しや盗賊になりはてたり。
もう最初からかたき討ちをあきらめて、坊主になって生きていく、
みたいな人もいる。

太平の世で、なにかのいざこざで人を殺めてしまったが、正当防衛
の場合もある。

自分が追う方だったらどうするだろう。侍を捨てて、町人になるか
なぁ。
見つけられるとは思えないもの。
反対に、追われる方だったら、やっぱり逃げるのかな・・

剣客商売で、古谷一行が演じた、“逃げる男” という話では。

秋山大治郎は、ふとしたことで出会った男と、お互いの素性など、
一切聞かずに、そばやで何度となく顔を合わせ、何気ない語らいを
楽しんでいた。

ある日、大治郎は、自分の親友の追い求めるかたきが、この男であ
ることに気づき、悩み苦しむ。

古谷演じる、逃げる男の方は、素性を隠し、住まいを転々として、
誰とも交わらず、さびしく生き延びていたのだ。

そんな折に出会った大治郎との、すがすがしい交流が身に沁みる。
一度得た心の安らぎのようなものを、また失うさびしさはより一層
体にこたえる。

追う方と追われる方では、どちらがつらいのだろう・・
というセリフが耳に残る。

何という残酷なしきたり。

でも理不尽だからこそ、ここからたくさんのドラマが生まれていて、
鬼平や剣客商売でも、印象深いエピソードがいくつもある。








by tapestry15913 | 2016-09-03 09:11 | 映画 ドラマ 音楽 本など
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